オーウェルの飜譯
(https://www.facebook.com/shunnosuke.okada/posts/3057066051233569 より轉載)
實は照屋佳男(早大名譽教授)譯オーウェル評論選の存在は、元『諸君!』編輯長・仙頭壽顯氏の書評ブログ「古本蟲がさまよふ」http://kesutora.blog103.fc2.com/blog-entry-5100.html で知つた。これまでもたまに閲覽してはゐたものの、ではこの度は何故覗いたのかと言ふと、きのふ女房が本屋で或る本を立讀みしてから歸宅後、スマフォでAmazonのカスタマー・リヴューに目を通すと「古本蟲がさまよふ」氏の文章がヒットし、(氏の事を知らぬまま)私に見せてくれたので、私も自分のPCで確認すべく、改めて同ブログにアクセスしたといふ次第。同文の書込が http://kesutora.blog103.fc2.com/blog-entry-4953.html にあつた。
ところでその書評文に、
ジョージ・オーウェルのエッセイ「本屋の思い出」
といふ一節があり、さう言へばこの “Bookshop Memories” といふエッセイ、昔、とある試驗に出したよなあ、と懷かしくなり、短いから全文を讀み返してみた。どの件りを出題したかは忘れてしまつたが、内容自體は面白かつた。そしてインターネット上に轉がつてゐる邦譯 https://open-shelf.appspot.com/BookshopMemories/chapter1.html も序でに覗いてみた。譯者は「大阪市在住プログラマー。 飜譯とか、物理シミュレーションとかやつて」ゐる H. Tsubota(坪田遼)氏。Twitterの自己紹介にもあるとほり(https://twitter.com/h_tsubota)、「オーウェル、ウェルズ」の飜譯も澤山公開してゐる。但し以前、オーウェルを扱つた演習の期末リポートに學生が引用して來た氏の譯文にはどうも解り難い箇處があつたりしたので、今囘はどうだらうと思ひながら讀んでみると、やはり誤譯があつた。
原文の終りから2段落目。本屋だからといつて本に詳しいとは限らないとオーウェルは言ひ、業界紙に掲載される書籍の買取廣告を例に擧げてかう書いてゐる。
If you don't see an ad. for Boswell's Decline and Fall you are pretty sure to see one for The Mill on the Floss by T. S. Eliot.
この部分の譯文は、
もし広告を見られなければボズウェル[19]の衰亡はT・S・エリオットのフロス湖畔の水車小屋と同じ値段だと思えばまず間違いない
となつてをり、更に脚註19には、
ボズウェル:おそらくジェイムズ・ボズウェルを指す。「衰亡」は「ローマ帝国衰亡史」を指していると思われるがこれの著者はエドワード・ギボン。ジェイムズ・ボズウェルとエドワード・ギボンは同時代人なのでおそらくオーウェルの思い違いだと思われる。
とある。何ともはや頓珍漢な解釋であり、原文の意味が全く讀み取れてゐない。オーウェルは別に「思ひ違ひ」などしてをらず、『ローマ帝國衰亡史』の著者(エドワード・ギボン)を『サミュエル・ジョンソン傳』の著者ジェイムズ・ボズウェルと取り違へる本屋はまづゐまいが、『フロス河畔の水車小屋』の作者たる女流小説家ジョージ・エリオット(George Eliot)を『荒地』の詩人T.S.エリオットと取り違へる本屋は必ずゐる、と言つてゐるに過ぎない。從つて正譯は以下の如し。
「たとひボズウェルの『衰亡』とやらを求める廣告は目にする事が無いとしても、T.S.エリオット著『フロス河畔の水車小屋』とやらを求める廣告はほぼ確實に目にする筈だ。」
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コメント
照屋先生による「譯者まへがき」でも「譯者あとがき」でも、中共支配の全體主義體制に對する警戒が諄々と説かれてゐる。今の日本に於てオーウェルを讀めば當然さうなる筈なのに、世の似非知識人どもは、自民黨による一黨獨裁に警戒せよなどといふ愚論を弄する事しか出來ない。正に「オーウェル讀みのオーウェル知らず」である。
》九〇年代にスターリン主義のソ連が崩壊した。もうオーウェルに取り憑ついた悪夢のようなディストピアは地上から消えたと思った。だから、『1984』もその歴史的使命を失って、しだいに読まれなくなるのだろうと思っていた。ところが、二一世紀に入って、人々が繰り返し『1984』に言及するようになった。先見性があり過ぎるという評価である。ほんとうかしらと思って、半世紀ぶりに新訳を読んでほんとうに驚いた。ジョージ・オーウェルは未来予知能力があったのではないかという気がしてきた。いつのまにか、この小説に書かれていることと日本の現実の境目がわからなくなってきていたのである。
》『1984』も『動物農場』も、スターリン主義のディストピアが遠い昔の話になった今でも十分に怖い。
(内田樹)https://kadobun.jp/reviews/88kv0q06cuck.html
「日本の現實」云々は自民黨政權への買ひ被りに過ぎず、「スターリン主義のディストピアが遠い昔の話になつた」云々は中共政權の恐ろしさを見縊るものでしかない。一體どこに目をつけてゐるのか。
投稿: 岡田俊之輔 | 2021年11月21日 (日) 19時45分
Tsubota氏、その後、譯文を修正したな。
投稿: 岡田俊之輔 | 2023年9月24日 (日) 04時20分