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2018年6月

2018年6月13日 (水)

ラッセル・カーク『保守の精神』邦譯書

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 Russell Kirk, The Conservative Mind の邦譯書上下2卷が出版された。全體として非常に讀み易い譯文となつてをり、まづは上梓完結を壽ぎたい。
 但し、飜譯に完璧といふ事は一般にあり得ない話であつて、細かい點を見れば原文の理解不足と思はれる箇處はある。取敢へず2點だけ指摘しておかう。

 本書は最後に保守的な文學者たちを論じて締め括られるのだが、T.S.エリオットに觸れた件りの一部、原書では以下のとほりである:

Much of Eliot's early popularity may have been founded upon a ludicrous misapprehension of his intentions: a feeling, especially among the rootless and aimless of the new generation, that Eliot spoke for the futility and fatuity of the modern era, all whimper and no bang ― a kind of Anglo-American ritualistic nihilism.

  この部分、譯文は以下のやうになつてゐる(下卷426頁;原文は略字新假名):

エリオットの初期の人氣は大部分、彼の意圖に對するばかばかしい誤解の上に築き上げられたものだつたのかもしれない。特に、目的もなく根無し草狀態の新世代の人々のあひだでは、エリオットは現代といふ時代の無益さと愚かさを描き、すべては泣き言で、なんの解決もないといふ感覺があつた。一種の英米型の儀式的ニヒリズムだ。

「儀式的ニヒリズム」は「お決りのニヒリズム」ぐらゐでいいと思ふが、それはともかく、聊か問題なのは「すべては泣き言で、なんの解決もない」の箇處、すはなち英語原文の "all whimper and no bang" に當る箇處だ。エリオット愛好家ならこの語句を目にした瞬間、次段落で言及されてゐる彼の詩 "[T]he Hollow Men"(「空つぽの人間」)の最終スタンザを必ずや聯想するに違ひない。

This is the way the world ends
This is the way the world ends
This is the way the world ends
Not with a bang but a whimper.
こんな風に世は終る
 これが世界の終り方
 かうしてこの世は終るのだ
 バーンとではなくめそめそと。

 いや、「バーンと」終らせてやるとて蹶起したのが三島由紀夫だつたと、野島秀勝はどこかに書いてゐたが、とまれ、生ける屍と化した現代の腑拔けども(Hollow Men)には、激烈とは凡そ無緣の情けない自滅しか殘されてゐないと、さうエリオットは詠つてゐる譯である。
 また "speak for ~" も單に「~を描く」ではなく、"speak against ~" の逆、詰り「~のために辯じる」の意でカークは書いてゐよう。
 それゆゑ先の件り前後は、「エリオットは現代といふ時代の無益と愚かさ、總ては泣言で、激しさを丸で缺く樣を代辯してゐるのだといふ感想があつた」とでもしたら如何だらう。

 もう一つ、これは以前、或る試驗に出題した箇處なので個人的に興味があつた。下卷440頁、改訂第七版への序文の一節である:

それでも「保守主義者」と呼ばれる人たちは一致して、古くからの生活のかたちを壞し市民社會秩序を損なふことには抗ひ、モノの生産と消費にばかり專心してしまふ傾向に抵抗してゐる。

 一讀、確かに意味は通る。しかしながら原典はかうだ:

Yet the folk called "conservative" join in resistance to the destruction of old patterns of life, damage to the footings of the civil social order, and reduction of human striving to material production and consumption.

 やはり「モノの生産と消費にばかり專心してしまふ傾向」には少々ごまかしが感じられる。すなはち "reduce A to B" の名詞化表現 "reduction of A to B"(「AをBに還元する事」)が見えてゐないのではないか、と。要するにここは、「人間の奮鬪をモノの生産と消費に還元してしまふ」マルクス主義等、唯物的な經濟決定論に對する批判なのである。

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