2019年11月 3日 (日)

ウェッブサイトのリンク修正

http://okadash.private.coocan.jp/

Yahoo!ジオシティーズ終了によりリンク切れとなつてゐた松原正先生のラヂオ番組の音聲を復活させたり、廢刊となつた『月曜評論』ウェッブサイトへのリンクをWebarchiveで復元したり、ちよこちよこと修正しました。

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2018年6月13日 (水)

ラッセル・カーク『保守の精神』邦譯書

https://www.amazon.co.jp/dp/4121100336/
 Russell Kirk, The Conservative Mind の邦譯書上下2卷が出版された。全體として非常に讀み易い譯文となつてをり、まづは上梓完結を壽ぎたい。
 但し、飜譯に完璧といふ事は一般にあり得ない話であつて、細かい點を見れば原文の理解不足と思はれる箇處はある。取敢へず2點だけ指摘しておかう。

 本書は最後に保守的な文學者たちを論じて締め括られるのだが、T.S.エリオットに觸れた件りの一部、原書では以下のとほりである:

Much of Eliot's early popularity may have been founded upon a ludicrous misapprehension of his intentions: a feeling, especially among the rootless and aimless of the new generation, that Eliot spoke for the futility and fatuity of the modern era, all whimper and no bang ― a kind of Anglo-American ritualistic nihilism.

  この部分、譯文は以下のやうになつてゐる(下卷426頁;原文は略字新假名):

エリオットの初期の人氣は大部分、彼の意圖に對するばかばかしい誤解の上に築き上げられたものだつたのかもしれない。特に、目的もなく根無し草狀態の新世代の人々のあひだでは、エリオットは現代といふ時代の無益さと愚かさを描き、すべては泣き言で、なんの解決もないといふ感覺があつた。一種の英米型の儀式的ニヒリズムだ。

「儀式的ニヒリズム」は「お決りのニヒリズム」ぐらゐでいいと思ふが、それはともかく、聊か問題なのは「すべては泣き言で、なんの解決もない」の箇處、すはなち英語原文の "all whimper and no bang" に當る箇處だ。エリオット愛好家ならこの語句を目にした瞬間、次段落で言及されてゐる彼の詩 "[T]he Hollow Men"(「空つぽの人間」)の最終スタンザを必ずや聯想するに違ひない。

This is the way the world ends
This is the way the world ends
This is the way the world ends
Not with a bang but a whimper.
こんな風に世は終る
 これが世界の終り方
 かうしてこの世は終るのだ
 バーンとではなくめそめそと。

 いや、「バーンと」終らせてやるとて蹶起したのが三島由紀夫だつたと、野島秀勝はどこかに書いてゐたが、とまれ、生ける屍と化した現代の腑拔けども(Hollow Men)には、激烈とは凡そ無緣の情けない自滅しか殘されてゐないと、さうエリオットは詠つてゐる譯である。
 また "speak for ~" も單に「~を描く」ではなく、"speak against ~" の逆、詰り「~のために辯じる」の意でカークは書いてゐよう。
 それゆゑ先の件り前後は、「エリオットは現代といふ時代の無益と愚かさ、總ては泣言で、激しさを丸で缺く樣を代辯してゐるのだといふ感想があつた」とでもしたら如何だらう。

 もう一つ、これは以前、或る試驗に出題した箇處なので個人的に興味があつた。下卷440頁、改訂第七版への序文の一節である:

それでも「保守主義者」と呼ばれる人たちは一致して、古くからの生活のかたちを壞し市民社會秩序を損なふことには抗ひ、モノの生産と消費にばかり專心してしまふ傾向に抵抗してゐる。

 一讀、確かに意味は通る。しかしながら原典はかうだ:

Yet the folk called "conservative" join in resistance to the destruction of old patterns of life, damage to the footings of the civil social order, and reduction of human striving to material production and consumption.

 やはり「モノの生産と消費にばかり專心してしまふ傾向」には少々ごまかしが感じられる。すなはち "reduce A to B" の名詞化表現 "reduction of A to B"(「AをBに還元する事」)が見えてゐないのではないか、と。要するにここは、「人間の奮鬪をモノの生産と消費に還元してしまふ」マルクス主義等、唯物的な經濟決定論に對する批判なのである。

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2018年3月22日 (木)

エッセイを1篇公開

本年度で停年退職なさる大島一彦早大教授をお送りするための一文。
http://okadash.private.coocan.jp/essays/oshima.pdf

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2018年1月22日 (月)

『松原正の本音でゆかう』Ed

吾が師匠が昔 RFラヂオ日本で持つてゐた冠番組『松原正の本音でゆかう』http://okadash.private.coocan.jp/media/matsubara2.ram のエンディング曲、スマフォ用アプリを利用して特定しました!(って殆ど誰も興味ないでせうけれど(^^;)

Mezzoforte なるアイスランドのフュージョン・バンドの曲「Summer Dream」https://youtu.be/thLl1z_B-y4 でした。

昔からの知合ひで最近FBFになつた友人からの問合せで氣になつたので、調べてみました。

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2017年8月14日 (月)

不毛な〝論爭〟

またしてもやつてしまつた。(苦笑)
結局、最後はかうなる。
https://www.facebook.com/takahiro.akihiko/posts/1456336861111192?comment_id=1456875214390690&comment_tracking=%7B%22tn%22%3A%22R%22%7D

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2017年7月26日 (水)

布施明と Olivia Hussey

https://youtu.be/LqFc0Y7hA_o?t=1m
昔から引掛かつてゐて、今なほ意味がよく解らないCMである。因みに當時、二人は夫婦であつた。

妻: This camera is very simple to use,

夫: このカメラ、とつても使ひ易いつて。

妻: ... like my husband.

夫: 大好きだつて。

前半はともかく、後半はをかしい。最後の布施明の臺詞は、直前のオリヴィア・ハッスィの英語臺詞の譯としては誤譯だ。改めて言ふまでもなく、また彼女の仕草からも明らかなやうに、この“like ~”は「~のやうに」といふ意味の前置詞であつて、「~を好む」といふ意味の他動詞ではない。布施は“I like my husband.”と解してゐるが、無論これは「ウチの亭主みたい[に使ひ易いわ](笑)」の意。

そもそも、このCMに臺本はあつたのだらうか? あつたとすれば、ディレクターは如何なる意圖を以てCM制作を行つたのか。「この夫婦、こんなにコミュニケイションが成立つてゐませんよ。いづれ離婚しますよ」といふ豫言の作品だつたのだらうか。(^_^; 眞逆(←「まさか」と讀む。「まぎやく」に非ず)、そんなCMに好き好んで出演する夫婦もゐまい。

とするなら、これは臺本無しの即興にそのままOKが出たものなのか? その場合、二人の communication gap は一層悲慘なものになるが…。

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2017年4月 8日 (土)

“Alternative Fact(s)”?

『サンデー毎日』4月16日號に、なかにし禮がジョージ・オーウェルの小説『一九八四年』を出しにした駄文を「特別寄稿」してゐる(38-41頁)。異論は色々あるが、事實關係について一點だけ述べる。なかにしは言ふ。

この大統領〔ドナルド・トランプ〕は自分にとつて不利益な情報はすべて「フェイクニュースだ」と斷言して無視し、逆に自分にとつて都合のいい僞情報をばらまき、それを「もう一つの眞實」だと言つてのける。この「もう一つの眞實」(オルタナティブファクト)といふ言葉自體がオーウェルが『一九八四年』の中で用ゐた造語である。そのことをトランプ大統領とその側近が知らないはずはなく、知つてゐて使つてゐるとすれば、ブラックジョークどころか惡質な居直りであり、恐怖政治強行宣言である。(38頁; “Oldspeak”に變換して引用)
 George Orwell, Nineteen Eighty-Four の一體どの件りに、“alternative fact(s)”なる語句が出て來るのか? 實際に登場するのなら、是非とも具體的な箇處を明示して貰ひたい。もし存在しないのであれば、「トランプ大統領とその側近が知らない」のも當然であり、上記の一節こそ“fake news”に他ならぬ、といふ事になる。

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2017年2月26日 (日)

論文1本

エリオットの『異神を追ひて』(の「補遺」)について論じました。
http://okadash.private.coocan.jp/essays/heresy.pdf

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2017年2月19日 (日)

『松原正全集』第三卷、つひに刊行!

『時事評論石川』第753・754合併號に紹介記事を寄稿しました。
http://okadash.private.coocan.jp/essays/jiji-ishikawa753-754.pdf

https://www.amazon.co.jp/dp/4990481151/

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2016年10月 8日 (土)

取敢へず、掲示板代りに使ひませうか…

さほど頻繁に使つてゐた譯ではありませんが、無料掲示板が終了してしまつたので、書込を必要とする方は暫定的にこのブログを御利用下さい。

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